読書

あなどるべからず学習図鑑

先日、書店によって、こんな本を買いました。

「昆虫の食草・食樹」という本で、昆虫82種と、その主な食草・食樹68種を紹介している本です。本来は野外観察のハンドブックのようですが、虫の画像や食害の跡などがカラー写真で紹介され、庭仕事に役立ちそうです。

この本を手に取った後、ついでに、今の学習図鑑はどうなっているのかチェックしてみようと、参考書売り場に行ってみました。

そうしたら何と、イラストだった昔の学習図鑑と違い、昆虫は全て写真で、また生態にも詳しく、それぞれの昆虫の食草が書かれ、卵の画像もたくさんあって、

これは (゚∀゚)イイ! と、思わず買ってしまいました。

購入したのは、「小学館の図鑑NEO」というシリーズの「昆虫」編でした。学研でもほぼ同じものが出ていますが、欄外のコラムにも蘊蓄(うんちく)満載。これはお勧めです。

こんど他のシリーズも買おうっと。

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カラス

雑誌の書評欄で知った「カラスはなぜ東京が好きなのか 」(平凡社/松田道生著)という本を読了しました。そして、カラスに対するイメージがすっかり変わりました。

この本では、主に東京にいるカラス=ハシブトガラスの生態について書かれていますが、カラスが人を襲う凶暴な鳥であるとか、里山が荒廃したためにやむなく都会に暮らす鳥といった、言わば都市伝説のようなものがいかに間違った認識かというのを教えてくれました。

本来森の中に住むはずのハシブトガラスが都会にいるのは、人間の目には異常なことのように思えますが、銀座のようなビルの乱立する場所は、カラスにとっては高い木のある森のようなもので、歩道に置き去りにされているゴミを漁るのは、地面を歩くネズミを捕まえるようなものだそうで、要するに、カラスにとっては都会の環境が森とよく似ているのだそうです。そう言われてみれば、私の住んでいるところは、住宅街なのでビルは少なく、そのせいか、カラスはあまりいないようです。多分、時々見かけるカラスは近所の公園にでも住んでいて、たまにゴミなどを漁っているだけなのかもしれません。嘴の細いハシボソガラスは野原のような開けた場所を好むので、農地などに多く、これも、この辺りの環境は生息には適さないのでしょう。

番(つがい)のカラスは子育てのための巣を作り、縄張りを持ちますが、人を襲うほど凶暴になるのは、抱卵期や子育てをしている最中だけのようです。基本的には、カラスが一番恐れるのは同じカラスで、人間が巣に関心を示すようなそぶりを見せなければ、カラスは監視しているだけだそうです。たまたま、公園の遊歩道の近くに巣を作ったりして、そのつもりが無くとも、来園者が巣に向かって歩くような状態だと、雛を守るために攻撃をしかけるので、時々人を襲うカラスがニュースになったりしますが、カラスにしてみれば、自分たちが襲われていると思っているのでしょうね。

外敵にやられるのを見越してたくさん卵を産むスズメやカルガモなどと違って、2~3個の卵しか産まないカラスは、とても丁寧に子育てをするそうで、本の中の、雨の日に親鳥が翼を広げて雛をかばっているイラストには、感動すら覚えたほどです。なお、カラスは巣立ちの後も比較的長く親鳥と過ごすそうで、親鳥とさほど大きさの変わらない若鳥が共にいることから、親の面倒を見ていると思われて「烏に反哺(はんぽ)の孝あり」という言葉ができました。

烏に反哺の孝あり:烏が雛のとき養われた恩に報いるため、親鳥の口に餌を含ませて返すということ。子が成長の後、親の恩に報いる喩え。

捕鯨問題を論じる人たちの間では「スーパーホエール」という言葉があります。「乱獲されて絶滅の危機に瀕しているシロナガスクジラ」や「ホエールウォッチングで見る優美なクジラ」、「ショーなどに使われる頭のいいクジラ」、「傷ついた仲間をかばうかのような仕草をするクジラ」といった、別々に見ているはずのクジラの光景から、「絶滅の危機に瀕している、頭の良い美しいクジラ」という頭の中で作り上げた虚構のクジラのことを指す言葉です。実際には、ある種のクジラは数が増え、水産資源である魚がクジラの餌になり減少しているのですが、そういった情報はマスコミでは取り上げられないために、クジラは可愛いとか保護しなくてならないというイメージを抱いてしまいがちです。人間を識別したり、道路にクルミを落として車に割らせる頭の良いカラスは「ずる賢いカラス」に、子供を必死で守ろうとしている姿が「凶暴なカラス」になり、スリラー映画などでの扱いも加わって、カラスは逆の意味で、スーパーカラスのようなイメージを作られてしまったような気がします。

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『庭仕事の愉しみ』

ドイツ語を勉強し始めて間もない頃、読めもしないのにタイトルに惹かれてヘルマン・ヘッセの『庭仕事の愉しみ』(原題:Freude am Garten)という本を買いました。当然ながら挫折して、訳本を買いに書店に走りましたが...。

この本は、始めからまとまった作品として書かれたわけではなく、没後、ヘッセの研究者によって、ヘッセの作品をテーマ別に編集したものの1冊で、「庭」をテーマにした詩文集です。

時々本棚で目が留まると開いて拾い読みをするのですが、「庭にて」と題された作品に、こんな文がありました。「骨の折れる始めての地面の掘り起こしをしていると、コガネムシの幼虫や、いろいろな幼虫や、甲虫類や、クモ類が出てくる。私たちは陽気な怒りをこめてそれらを退治する。」

そうなんです。植物を育てている人ならお分かりの通り、庭仕事というのは虫などの小動物と付き合うことでもあるんです。暖かくなって、植物が芽吹いたり、花を咲かせたりと活動を始める時期は、彼らも始動の時期です。

植物の面倒を見るようになって、少しずつ、こういった動物の知識もつきはじめましたが、元々、あまり自然のない所で育ったので、始めは虫や爬虫類を見てはオロオロしていました。

ある時(まだ、父の盆栽が少し残っていた頃)、松の盆栽に蜂の巣があって、大きな黄色い蜂が飛んでいるのを見て動転し、保健所に「スズメバチが発生した。」と電話をかけたことがありました。巣の形を尋ねられて説明すると、すぐにスズメバチではないことは分かりましたが、取り敢えず見に来てくれて、夜になったら殺虫剤をかけなさいと教えてくれました。「そんなこと怖くてできない」と答えると、「私がやったことは内緒にして下さい。」と言って、保健所の方が殺虫剤をかけてから巣を取り除いてくれました。(どうやら、指導はしてもいいけど、実際の作業はしないという規則になっているようです。)確かこの蜂はアシナガバチか何かだったと思います。

こんなことがあってから、虫や動物を見つけると、子供の頃に愛読した学習図鑑を引っぱり出してきて調べるようになりました。(特に幼虫は害虫か益虫か分からないので“ようちゅうい”-なんちゃって...(^_^;) ) そして害虫だと分かると、陽気な怒りをこめて退治するのです。

庭仕事の愉しみ

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