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思い出の風景-ライン村(3)-

部屋は広く快適で、バルコニーもあり、窓からホーホガルも眺められるものでした。荷物を片付け、一休みしていると、フロントにいたこの宿の奥さんが来ました。ほとんど分からなかったのですが、どうやら、下に降りていらっしゃいといっているようだったので一階のレストランに行くと、この家の親戚だという若いドイツ人男性がガールフレンドと一緒にいました。彼らと英語で話して分かったのは、2日後にこの家の娘さんが結婚式を挙げるので滞在しているとのことでした。話している内に気が付いたのですが、何故、こんなところに“若い”(←彼らが言っていた言葉です。念のため。)日本人女性が、しかも一人で来たのか、不思議に思って、彼らに理由を聞き出させようとしていたようです。

そこで、この村のことは本で知ったこと、一人の日本人が「天国」とまで呼んだこの南チロルを訪れてみたかったことなどを話し、あとは他愛もないおしゃべりをしました。面白かったのはこのガールフレンドで、いつか日本に行ってKOOKAI(クーカイ/ファッションブランド)でショッピングをしたい(たしか実際はフランスのブランド)とか、資生堂の化粧品に憧れるけどドイツでは高いとかと、日本にもいるような若い女の子でした。私のことを実際よりも10才くらい若いと思っていたようで、実際の年齢を知ると、「どこのクリーム使ってるの?」と聞かれたので、(実際は違いますが)「資生堂」と答えると、「やっぱり、資生堂じゃなくちゃダメね!」などとため息をついていました。この後、彼が散歩に連れだしてくれましたが、彼女は自然にはまったく興味はないようでした。村を一回りしている途中に何件かの親戚の家を訪ね、軽食や飲み物をご馳走になったりしました。私は気ままな一人旅が好きなのは、こういった思いがけない経験をできるからですが、時々、誰かと一緒なら、この楽しさを分けてあげられるのに、とも思います。

ここでは2食付き(ドイツ語でHalbpension/ハルプペンジォーンと言います。スイスなどの山の宿ではよくあるシステムで、いちいち食事のために外出しなくてもいいし、値段も安いので覚えておくといいかと思います。)でした。テーブルはくだんのドイツ人達と彼のご両親と一緒にしてくれていました。ここでは、シールに名前を書くように言われ、よくわからないままサインペンで自分の名前を書くと、それをナプキン入れに貼るように言われました。これは、滞在中、自分のナプキンを何度も使うためで、部屋のタオルも滞在中は同じものを使います。これは山の宿の流儀だそうで、生活用水が貴重だから洗濯の水を節約するためだと佐貫氏の本で読んで知っていました。

夕飯後、他の滞在客が自室に戻る時間になっても私は引き留められ、2日後の結婚式の披露パーティに飾る紙の花(よく運動会などで飾りに使う薄紙で作る花飾り)を一緒に作ったりしながら、皆さんとワインを飲みました。そこでもう一度、私がここに来たきっかけを説明して欲しいと求められ、私が英語で話すのをドイツ人の男性がドイツ語に通訳してくれました。

ここで面白いことがありました。佐貫氏が定宿としていたペンションには男の子がいたのですが、本の中で、12才くらいの彼を「ハンサムだから、将来、女性にもてるだろう」などと書いてあったと話すと、それなら、本当にハンサムになったかどうか見て貰うために、ここに呼ぼうと、ご主人がその家に電話をかけたのでした。結局、彼は不在でしたが、ドイツ人男性が、ホテルの娘さんに、「彼は今ハンサム?」と聞くと、「そうでもないわよ」などと答えていました。この男の子の名前はヒンツペーター君というのですが、ラインを再訪したときに、たまたまこのホテルでお茶を飲んでいたところを、奥さんが紹介してくれました。(確かに、なかなかのハンサム君になっていました。)

翌日は一人でハイキングに出かけました。晩秋のこの時期は、黄葉した針葉樹が青空に映えて美しいのですが、花の季節には遅いのか、あまり見かけませんでした。唯一、頻繁に見かけたのは、銀アザミ(独語:Silberdistel、日本語ではチャボアザミと言うようです)で、白っぽくカサカサした感じの花が、あっけらかんと上を向いて、直接地面から咲いているように見えます。この辺りは夏は放牧地のはずですが、岩がむき出しになっているところも多く、ここで牧畜を生業とするには、苦労も多いだろうと思いました。銀アザミも、スイスの青々とした牧草地で見ると、もう少し茎が伸びているのですが、ここではまるで、花が地面に落ちているようです。ところで、ヨーロッパアルプスでは、多少種類は違うのでしょうが、日本の山野草に詳しい人なら見覚えのある植物をよく見かけます。イタリアアルプスのドロミテではトリカブト(独語では鉄兜〔Eisenhut〕と呼びます)がたくさん咲いていましたし、スイスではヤナギランの群生を見ました。私はあまり体力がなく、山登りは苦手なのですが、ヨーロッパでは体力に応じてケーブルカーやロープウェイで簡単に山上のお花畑に行けるので助かります。

オーストリアとの国境で、今では国境警備兵もいない静かな牧草地を見届けただけで、満足してホテルに引き返しました。

ホテルに戻って奥さんに挨拶すると、「何か飲みたいものはある?」と言ってくれたので、ミネラルウォーターをいただきました。この後、奥さんはいつも、私が夕方戻ると飲み物を出してくれ、別の機会に滞在した時は、これからドロミテに向かう私にお弁当を持たせてくれました。とても気配りのある方で、クリスマスカードなどは、いつも美しい切手を貼ってくれます。去年、やはり佐貫亦男氏の本のファンである知人が、氏の足跡を辿る旅をしたとき、私がこのホテルを予約して差し上げました。レンタカーを使うとのことだったので、小振りの徳利とお猪口のセットを私の変わりに手渡して欲しいと託しました。すぐに飾ってくれたそうですが、いつか自分でそれを見に行きたいと思っています。

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