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思い出の風景-ライン村(2)-

思い出の風景-ライン村(1)-』からの続き

前日、ライン村へ向かうバスの時刻を調べておいたので、それに間に合うようにホテル(Gasthof=レストラン兼ホテルまたは民宿)をチェックアウトすることにしました。そうしたら、ここでちょっとしたハプニングが。

代金を支払おうとしたら、昨日、私がホテルのレストランでとった食事が分からなくなってしまったと言うのです。いちいち支払うのが面倒なので部屋に付けておいてもらったのですが、その計算書を書いておかなかったようです。私は、子供の頃から日記や小遣い帳、家計簿の類は一切つける習慣がないのですが、旅行の時だけは様々なことを細かくメモします。それで、自分が注文した料理もメモしてあったので、それを見せて計算書を作ってもらいました。今、手帳を見ると、宿泊料が55,000 ITL、夕食の合計が28,000 ITLでした。イタリアン・リラのユーロとの換算レートは1.00EUR=1936.27ITLなので、合計で43ユーロほどです。今はユーロは高いのですが、導入してしばらくは100円前後だったので4,300円くらいのはずです。安いですね。実は2年後にライン村を再訪しているのですが、この時もまだリラで、その前にベネチアに滞在していたのですが、ここに来たらミネラルウォーターの価格がゼロ1つ違った記憶があります。

ザントからラインへ向かうバスは、ターミナルを出るとグングン高度を上げていきます。飛行機のような表現ですが、実際、ザントの標高は850mくらいなのに、25分程走って到着するラインは1600mくらいあるので、気温もかなり違います。2度目に行ったときは8月だったのですが、ベネチアでは連日30℃を越す暑さで、電車で南チロルのブルネック(標高800mくらい)では17℃、ライン村では11℃でした。(私は旅行に行くときには小さな寒暖計を持っていきます。これは佐貫氏の真似です。)

ラインで降りたのは、私とおばあさん一人だけでしたが、そのおばあさんから、「あんた、ここで働いてるのかい?」と聞かれました。(ドイツ語を知っている方なら、「あなた(Sie)」ではなく、「あんた(Du)」で話しかけられたと言ったら、雰囲気が伝わるでしょうか。)出稼ぎに来た東南アジア人とでも思われたのかも知れません。

一人になって、取り敢えず、佐貫氏の本で知っていたホテル・ホッホガールに行ってみましたが、営業はしていないようでした。犬が吠えたので、中からご主人が出てきて、多分、私を日本人だと分かったのでしょう、猛烈な勢いで話し始めました。私のドイツ語ではさっぱり分かりませんでしたが、プロフェッサー(教授)という言葉が聞き取れたので、ここに晩年通い詰めた佐貫氏の話をしていたようです。佐貫氏がライン村を訪れなくなって十年以上は経っているはずですが、佐貫氏の思い出は確実に生きていたようです。何とか理解できたのは、「ウチはしまっているけど、あそこなら開いているよ。」と丘の上を指さしながら言った言葉で、お礼を言ってそこを去り、そのホテルに行ってみました。

そのホテルはピッチラーホフという名前で、フロントにいた女性(あとで、このホテルの奥さんと分かりました)は、私を見てひどく驚いたような顔をしていましたが、「部屋は空いていますか?」と尋ねると、すぐに部屋に通してくれました。

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