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バルトの楽園

最近よく新聞に6月から公開される映画「バルトの楽園」の宣伝を見かけます。

私は冬に、東京/青山にあるドイツ文化会館で開かれた「日本におけるドイツ人捕虜 1914-1920」展を訪れたてので、この映画に興味を持っています。(多少、プロモーションの方法には疑問を持ってますが...キャンペーンソング「マツケンのAWA踊りなんて...orz)

この映画は、第一次世界大戦で敗北したドイツの捕虜を収容した板東俘虜収容所を題材にしています。

背景を若干説明すると、第一次世界大戦当時、ドイツ帝国は中国の膠州を租借していました。独-英が戦争状態に陥ったため日英同盟を結んでいた日本は参戦し、青島(チンタオ)を占領したことにより、そこに居住していた民間人を含めて約4,700人のドイツ人およびオーストリア・ハンガリー帝国軍兵士が捕虜として日本に連行されました。

板東俘虜収容所は幾つかあった俘虜収容所の一つで、所長であった松江豊寿中佐は、自身、戊辰戦争で幕府方として戦い、破れた経験もあってか、俘虜を人道的に遇したことで語り継がれ、収容所内で発行された雑誌や、コンサートやスポーツ大会のポスターなど、当時を語る多くのものが残されています。

捕虜達は収容所内で様々な活動を行い、展示会などを通じて付近の住民とも交流がありました。また、この時、ドイツ人が日本に残したものも少なくありません。映画のタイトル、「バルトの楽園(ガクエン)」は板東収容所で、日本で最初の第九が演奏されたことからつけられているようです。他にも、収容所がきっかけで日本に広まった、ドイツ生まれの有名なものがもう一つあります。それはバームクーヘン。解放後、日本に留まった菓子職人は、その後、ドイツ菓子の店を横浜で開きました。それがカール・ユーハイム氏で、あのユーハイムの創始者です。

まぁ、映画はこういったエピソードを楽しめばよいのでしょうが、この映画に(多分)描かれている、のんびりとした収容所の運営が物語っていることを思わずにいられませんでした。日本は戦争の勝者側とは言え、欧州が舞台のこの大戦にはほとんど関わっていません。つまり近代戦争というものを学ぶ機会がなかったのです。そして、この悲劇がその後の大きな悲劇に繋がっていったのだ、と。

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